
出会い
2025年3月12日。
春雨の降る東京、半蔵門のホテルの一室で、ワイン業界に携わる者へ向けた試飲会が開かれた。
インポーターが主催したその会には、まだ若木のシャンパーニュメーカーがいた。そう、Domaine de MALZILLY(ドメーヌ・ド・マルジリー)である。
この試飲会はFiradisというワインインポーターが主催したもので、新規取り扱い生産者であるDomaine de MALZILLYとAurore Casanova(オーロール・カサノヴァ)のセールスを目的としたものだ。
ワインの輸入業者。2003年に設立。熟成したワインを一流のレストランに卸すことからインポーター業をスタートさせました。現在では熟成したワインのみならず、ヨーロッパを中心に8か国、200を超えるワイナリーの正規代理店として、クオリティに優れたワインを提案しております。
私はワインの業界に10年以上いるが、まだまだ知らない生産者だらけだ。恐らくワイン業界において、すべてのワイン生産者を網羅している人間はいないだろう。
だからこそ、こころを揺さぶられるワインに出会う瞬間はこの業界の、すべてのワインラヴァーの醍醐味である。


Maxime Ullens揺さぶる
じつは私の場合、「こころを揺さぶられる」のは味だけではない。
美味しいワインを口に含めば、確かにこころは揺れる。しかし、その後に立て続けに揺さぶられるのは他の要因が影響しているように思えてならない。
ドメーヌ・ド・マルジリーには確かにそれがあった。
試飲会にはドメーヌ・ド・マルジリーの当主、Maxime Ullens(マキシム・ユランス)も来日して参加していた。
そして、試飲用のワインを参加者に注いでいた。
背は180㎝以上あるだろうか。端正な顔立ちをしていて、いわゆる「イケメン」だ。
もちろん、こころを揺さぶられた理由は彼がイケメンだからではない。試飲会当日には、マキシムが自身のワインやルーツを語るミニセミナーが用意されていた。
そこで私は揺さぶられたのだ。

30分のミニセミナー
15:30を過ぎたころだったであろうか、いよいよセミナー開始の時間となった。
30人くらいの業界人が椅子に座り、耳を傾けた。
マキシムは開口一番「私はファーマーだから、あまり大勢の前で語ることになれていません。ひとりひとりとお話するようにするために質疑応答の時間を長くとりたいと思います」と私たちに伝えた。
それからドメーヌの起源、彼の誇り、土地について、ゆっくりと力強く話しはじめた。
ベルギー人であるマキシムの父が、廃墟と化していたシャトー・ド・マルジリーを手に入れたところから物語は始まった。12世紀に建てられた建物に魅了され、かつての栄光を取り戻すために再建することを決意した。
マキシムは元々、ぶどう栽培やワイン作りをしていた家系ではない。
ベルギーで史跡修復をしていたのだ。
長く携わってきたキャリアに決着をつけて、シャトーの歴史、土壌の研究、地域の過去のアーカイブを調べ始めた。そして、マルジリーとそのエリア(マッシフ・ド・サンティエリー)の文化的、歴史的遺産を最前面に据えた「ドメーヌ・ド・マルジリー シャンパーニュ・ユランス」が誕生した。
「誰が、どこで、どのように作るか」
彼はシャンパーニュにおいて、非常に大切だと話した。
シャンパーニュやワイン以外のモノやコトでもとても本質的なものだろう。と私は共感した。
彼は自分でぶどうを栽培し、醸造し、シャンパーニュに仕上げて、販売する。そのすべてを自分(と妻)で決断し、責任を持っていると語る。
まだ彼の話を聞いて、5分が経過した程度のわずかな時間であったが、共感と同時にこだわりの強い人間なのだろうと感じた。ファーマーであり、アルティザン。そんな印象だ。
彼は、つぎに「どこで」にあたるマッシフ・ド・サンティエリーについて話しはじめた。
マッシフ・ド・サンティエリーはシャンパーニュの中で最北のエリアであること、小さな山(丘)のようになっていて、様々な方角向きの斜面が存在することを身振り手振りを加えながら熱く語った。
私は英語が稚拙だが、確かな熱が伝わってくる。
シャンパーニュ・ユランスをシャンパーニュ・ユランスたらしめる大切な要素なのだろう。
彼のシャンパーニュの主要ぶどうはムニエであることも、土地との相性が重視されている。ムニエはシャンパーニュのエリア内でも、砂質土壌に多く植えられる。そして、高品質なぶどうを実らせているのだ。
マッシフ・ド・サンティエリーも砂質土壌なため、ドメーヌ・ド・マルジリーもムニエをメインに栽培している。
ワイン用のぶどう品種。果皮の黒いぶどうで、ピノ・ムニエは、葉の裏面に小麦粉をまぶしたような白くふわふわした凹凸のある葉が特徴。「ムニエ」という名前は、フランス語で製粉業者を意味する言葉。

テロワールと生物多様性
ぶどうはただ栽培すればいいわけではない。
「どのように栽培するか」の選択肢はいくつかある。マキシムはドメーヌ・ド・マルジリーをはじめるにあたって、テロワールと生物多様性を尊重している。
自然と共存、協調しながらぶどうを作ると決めているのだ。
時には馬や羊に頼りながら。
Ecocert(エコセール)やHVE3やVDCの認証もすでに取得している。
1991年にフランスで設立されたオーガニック(有機)農法、有機栽培食品の認証機関。
ここまで聴いていた私は「最近の自然な作りブーム」に乗っかっているだけなのだろうか。と一抹の不安がよぎる。自然な作りと言いつつ、品質を下げている場合があるからだ。
しかし、その後の言葉で不安は解消された。
「伝統だけに頼っているわけではない。モダンと伝統の間が目指すところだ。」
ぶどうの収穫後、ドメーヌに運ぶ際はぶどうの皮の硬さを保つため、冷蔵トラックを使用している。
ぶどう果汁の圧搾は、オークで出来た4000kgの丸型のプレスで圧搾する。まさにモダンと伝統の間だ。

ドメーヌ・ド・マルジリーの
シャンパーニュたち
そんなモダンと伝統の間で作られるマキシムのシャンパーニュを1つだけ紹介したい。
私がもっとも惹かれたのはスタンダードキュヴェやエントリーレンジと呼ばれるNV(ノンヴィンテージ)のシャンパーニュだ。
シャンパーニュは単一の年度だけで作ったり、単一の畑だけで作るスタイルもある。
マキシムは「NVのほうが考えることがたくさんある。単一のヴィンテージや畑のものは作柄やテロワールが伝わるようにそのままストレートに詰めるだけ。NVはバランスを見なければならない」
彼の言葉通り、NVである「NV ULLENS Brut」は緻密さを感じるバランスとムニエの柔らかさ、最北のマッシフ・ド・サンティエリーらしいタイトさを味わうことが出来る。

NV Ullens(ユランス)
ブドウ品種:ムニエ80%、シャルドネ20%
醸造・熟成:バリック90%(新樽3%以下)&様々な形状のタンク10%で澱と共に7ー11ヶ月後、瓶熟30ヶ月
アルコール度数:12.5%
ドサージュ:2.8g/L
オーク樽のなかで、7カ月から11ヵ月を過ごし、さらに瓶に詰められてから30カ月の時間を過ごす。
このシャンパーニュを飲めば、マキシムの顔が浮かんでくる。そんな気がするシャンパーニュだ。
そして、さらにこころを揺さぶってきたのがドメーヌ・ド・マルジリーだ。
圧搾や発酵、熟成で使用するオークは、シャトーの庭園で育った木から作られているというのだ。まさにドメーヌ・ド・マルジリーの歴史、土地、想い、誇りがシャンパーニュへすべて注ぎ込まれている。
味わい以外でも、しっかりとこころを揺さぶる。
ここまでご覧いただいているあなたは、ドメーヌ・ド・マルジリーのシャンパーニュを飲めば「こころが揺さぶられる」感覚を味わうかもしれない。
本来はここまでとしたいが、最後に面白い試みも紹介したい。
ご覧いただけるだろうか。
ユニークな試み
なんと、ドメーヌ・ド・マルジリーは歴史的遺産の保全への関与、生物多様性の保護、それらのほかにも新しいプロジェクトを常に開発している。
地元の生態系に適したフランスミツバチの巣箱を所有しており、鳥類保護連盟の会員でもある。シャトーの公園にはファベロール鶏が生息しているという。
自然を愛し、マッシフ・ド・サンティエリーを愛すマキシムから今後も目を離せない。

